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医者いらず健康長寿処方箋③

医学博士 井上正康(健康科学研究所所長&大阪府鍼灸マッサージ師会学術顧問)


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。 専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「運動とダイエット考」

「やってやる!これを食べたらやってやる!」

  食欲の内的背反原理を見事に表現したこのサラリーマン川柳にはいたく感心させられる。美の基準は時代に翻弄されるが、スリムが健康美と盲信されている現代では、ダイエットは老若男女のヒステリックな努力目標となっている。エネルギー収支の改善には摂取カロリーを抑えるのが有効と信じられている。事実、ネズミを絶食させると筋肉や脂肪がすさまじい勢いで減少し、わずか2日間で体重が20%も減少する。涙ぐましいダイエットに四苦八苦する人間にとっては羨ましい限りである。しかし、絶食させた雄ネズミは3日目から死にはじめて5日後には全滅してしまう。絶食は動物にとって最も過酷なストレスなのである。興味深いことに、雌は飢餓に対する抵抗力が遙かに強く、絶食状態でも1週間以上生き続ける。しかし、卵巣摘除した雌は雄同様に早死にし、去勢した雄は正常の雌と同様に長く生存できる。正常の雄や卵巣摘除雌に女性ホルモンのエストロゲンを投与すると、絶食状態でも正常雌と同様に長期間生存できる。皮下脂肪の蓄積や骨粗鬆症の予防を支援するエストロゲンは、強力なアンチエージング因子であり、雌が遺伝子を残す為に進化獲得してきた強力な備蓄省エネ因子なのである。
 野生動物はエネルギーの大半を日々の食物調達に費やしている。我々の祖先もアフリカ大地溝帯で生まれてから農耕生活が始まるまでの20万年の間、限界近くまで筋肉を駆使して餌を追い求めなければ生き残れなかった。スイスアルプスの氷河で発見された5000年前のミイラ・エッツィーには肥満や動脈硬化の気配は微塵も見られず、過酷な飢餓や怪我に耐えてきた様子が伺われる。しかし、産業革命により圧倒的な食料生産法と保存技術を発明した人類は、人口と寿命を急激に伸ばしてきた。先進国の恵まれた者達は快適な生活の中で飢えることを忘れてしまった。しかし、生物にはエネルギー保存の法則があり、カロリー摂取量が消費量を上回れば、その差額分は内臓脂肪や体脂肪として確実に蓄積されていく。ガチョウに強制的に餌を与えて創るフォアグラは、世界三大珍味の一つであるが、これは内臓脂肪で埋め尽くされた病的な肝臓である。更に上を行くのが日本の誇る霜降り和牛であり、内臓ばかりか筋肉にまで脂肪が沈着した代物である。「月(肉付き)に旨」と書くと脂になるが、ヒトの味覚はカロリーを求めて脂の塊であるフォアグラや霜降り肉などを美味いと感じる方向に進化してきたのである。
 実験室の狭いケージで自由摂食下に飼育されたネズミは、ヒト並の生活習慣病様のメタボ症状を呈して短命である。しかし、回転カゴなどの遊び道具を与えると、毎日10 kmもの移動量に匹敵する運動を自発的に行い、寿命も著明に延長する。ネズミとヒトの体重には200倍もの差があるので、ヒトがネズミなみにエネルギーを消費するには毎日殺人的トライアスロンをしなければならない。これでは運動中にバタバタと突然死することになる。糖尿病患者では急激な運動は血中脂肪酸を急増させて心臓死の原因となりうる。以前、「活性酸素が出るから運動は体に悪い」と著明な研究者が著書の中で暴言を述べてスポーツ関係者を困惑させたことがあった。しかし、これは視野狭窄的戯言である。ヒトは数分間のトレッドミルでも循環動態が改善され、糖尿病患者では毎日軽度の運動を45分間行うと冠動脈疾患が約50%低下することが知られている。体を動かすと筋肉内の動静脈やリンパ管がマッサージされ、脳や心血管系の老化速度が抑制されるのである。しかし、ターザン型生活の必要性が無くなった現代社会では、毎日の運動でカロリーを消費するのは至難の業であり、多くは三日坊主に終わってしまう。楽をしたいのが人間の性なのである。
 鍼灸では、「口元の地倉や耳の飢点、肺点、胃点、神門などが食欲を抑え、腹部の中脘や気海などが脂肪代謝を促進する」と云われて美容鍼灸に利用されている。さて、その真偽はどの程度であろうか?現代科学の手法を用いて万人に説得力の有るデーターを提示できれば、「温故知新の健康美容法」として大いに利用されると思われるが、如何であろうか?

転載:月刊東洋療法240号
公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会

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