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医者いらず健康長寿処方箋④

医学博士 井上正康(健康科学研究所所長&大阪府鍼灸マッサージ師会学術顧問)


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「五感の世界・・・化粧とメヂカラ」

 古代ギリシャの哲人アリストテレスは「自然界を認識する能力」として「五感」を提唱したが、外界認識システムとしての感覚器の重要度は種により大きく異なる。一昔前に「人は見た目が9割」と題する新書が話題になったが、事実、ヒトでは外界情報の9割以上が視覚に依存している。
 生物が爆発的に進化したカンブリア紀を境に、地表に到達する太陽光が増加して光合成により酸素濃度が急増する時期と時を同じくして視覚機能も劇的に進化した。カンブリア紀には多くの紫外線が地表に降り注いでいたため、これを視覚情報として利用すると同時にその遺伝子毒性を防御修復する機構を有する生物が飛躍的に進化した。複眼を有する昆虫類はその代表である。彼らは短波長の紫外線や偏光も視覚情報として利用しながら生き延びてきた。例えば、ヒトはモンシロチョウの雌雄を遠くからは判別できないが、彼ら同士はそれを瞬時に区別できる。蝶の鱗粉は塩基グアニンの代謝産物であり、彼らにはその配列の違いにより雄は黒色に、雌は白色に見えるのである。彼らはこの仕組みを性の識別に利用しながら脈々と子孫を残し続けてきた。蝶類にはお尻にも第三の眼があり、これにより雄では的確な交尾を、雌では栄養適合性の高い葉を識別して適切な産卵場所を決めている。
 やがて大気圏にオゾン層が形成されると、地表に照射される紫外線量が減少すると同時に、長波長の可視光を認識する眼を持った生物が優勢になった。可視光線が物体に当たると黒い陰で明暗が生じ、これにより物の形状が明確になると同時に白色や暖色がより鮮明に認識される。この点でお碗を伏せた様な半球型の甲虫では、どの角度から太陽に照らされても陰が生じにくいため、これが捕食者を回避する防御システムとして役立っている。厳しい食物連鎖の掟に晒されている動物にとって、視覚は生死を分ける最重要機能なのである。
 更に、「目は口ほどにモノを言う」とか「顔は笑っているが眼は笑っていない」などと云われるように、人間の眼は情報発信機能まで持つ様に進化してきた。これは顔の表情筋と連携したシステムであり、脳の無意識的な生存支援戦略である。この機能は乳幼児の時期から生存を確保する機能として働いている。黒目と白目のコントラストが大きな乳幼児の眼で見つめられた母親では、母性本能が刺激されて視床下部や視索上核でオキシトシンが合成される。これが下垂体から分泌されて乳汁分泌を促進し、乳児への愛情を深めさせるシグナルとして機能している。以前、つぶらな黒目を潤ませた白い子犬がオヤジ心を虜にして陥落させるテレビCMが流行った。これは母性本能をくすぐる目力(メヂカラ)を利用した巧みなサラ金広告戦略である。同様のメヂカラ戦略は現代女性の基本的コスメの基盤となっている。美白信仰の強い日本では、黒〜寒色のアイラインや睫エクステで白眼のコントラストを増強して目力の信号強度を強めている。この目力は見つめられる者へ強烈なメッセージとして感情を揺さぶり己をインプリントする。この目力からのメッセージは、男性のみならず鏡に映る女性本人へも発信され、自己のアイデンティティー確立にも影響している。今や女性の化粧は"自己に魅せるための情報"として新たに進化しつつある。
 この魅せるコスメと対極にある化粧が、眉を剃り落としてメヂカラを最小化した平安時代の化粧文化であった。表情筋のない額に眉墨を塗れば、顔から心の動きを消すことが出来る。それが極限化されたのが能面の小面である。表情が変化しない能面が逆に想像力を刺激して脳内世界を拡大させるのである。平安の貴族文化が熟成させた"心を隠す化粧"は第二次世界大戦の終了を境に衰退し、積極的にメッセージを発信する"魅せる化粧"が敗戦国日本の主流なコスメとなった。これは「和をもって貴とし」としてきた島国日本が、神風も吹かず海洋国境も無役なグローバル世界で生き残るための戦略とも関係している。
 鍼灸には"美容鍼灸"なる世界がある。胸鎖乳突筋下部後側にある天窓を刺激すれば顔や頭部の血流が改善されて小顔になると云われている。某カリスマ美容鍼灸師によれば、「多数の鍼や灸で顔面に炎症を起して血流を増加させることが美容鍼灸の基本」とのことである。しかし、眼精疲労などに有効と云われている晴明や瞳子髎をはじめ、顔や頭部への施術は経絡と脳内ネットワークを介してはるかに多様な効果を発揮しうると思われる。生存本能が進化させたコスメは"皮膚を色彩的に隠蔽修飾する視覚的戦略"であるが、美容鍼灸は"皮膚情報を改変顕在化する経絡的戦略"である。科学的基盤の未熟な美容鍼灸が"脳化粧戦略"から学ぶべきことは限りなく多い。

転載:月刊東洋療法241号
公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会

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