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医者いらず健康長寿処方箋

医学博士 井上正康(健康科学研究所所長&大阪府鍼灸マッサージ師会学術顧問)


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球と生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「嗅覚と免疫系の共進化」

 原始の地球で生まれた我々の祖先が未だ単細胞であった頃、彼らは外界を認識する細胞膜受容体を獲得し、栄養物、有害物、あるいは無用の物などを選別しながら多細胞生物へと進化してきた。更に、その中で化学的な受容体は嗅覚や味覚へ、物理的情報の受容体は視覚、聴覚、触覚へと分化してきた。ヒトの視覚、聴覚、嗅覚、味覚、および触覚からなる五感もこの外界情報を脳で総合的に判断して生存を最適化するシステムを構築してきた。
 動物にとっての最大の敵は病原体である。ヒトの体は約60兆の細胞で構築されているが、人体には千兆個に近い細菌が共生しており、その総重量は肝臓(1.5 kg)に匹敵する。彼らの旺盛な代謝はホストの生存にも不可欠なものとなっており、第六の臓器とも云える。ヒトに共生している細菌の中には宿主を死亡させる有害な輩も少なくない。宿主を失うと彼らも死滅するので、適度なバランスで増減を繰り返しながら共生関係を維持している。しかし、共生する微生物も本来は利己的であり、常に栄養を求めて体の深部へと侵入する機会をうかがっている。この為、皮膚や消化管粘膜は免疫系軍隊の最大の基地となっている。食物中に混入した彼らは視覚・嗅覚・味覚により存在を検知され、有害と判断された場合には排除される。その主役を担うのが免疫防御システムである。このシステムは脳に軍事司令部(脳免疫統合系)を置き、五感を総動員して生存を模索してきた。この脳免疫統合系は守備範囲を広げて軍事力を強化するために有性生殖システムを選択してきた。ヒトは両親の第6染色体に由来する白血球抗原(HLA)を有し、これを主要組織適合性抗原(MHC)として全身の細胞や体液中にも配備している。MHCの分子記憶は母親の胎内にいる間に確立され、特に嗅覚が重要な役割を有するために胎内MHC嗅覚認識機構と呼ばれている。この嗅覚認識機構は、皇帝ペンギンが何万頭もの中から我が子を識別する際にも重要な役割を果たしている。ヒトの五感にもこの機能が継承されており、男女とも母親のHLAとは異なるタイプの異性を求める傾向が強い。この背景には免疫学的認識機構が関与しており、そのマッチングが不適合な場合は妊娠した胎児が流産するリスクが増加する。
 女性が結婚相手として重視する条件は「三高(収入・学歴・背丈)」と云われてきたが、前二者は厳しい経済社会を生き抜くために有利な条件であった。しかし、現代では学歴も高収入に結びつかない場合は女性や子供を保護する力にはなりにくい。この為、高額の契約金を手に入れるプロのイケメンスポーツ選手などと比べて、痩せたソクラテスと云われる様な大学の先生は今でもモテナイ孤高の輩が多いのである。
 実は女性が重視する無意識的な条件に男性の匂いがある。ヒトは個性豊かな免疫的HLA特性を有するので、皮膚に共生する微生物も個人ごとに極めて多様である。この共生細菌は汗の中に分泌される脂質などを餌にして繁殖し、様々な代謝産物を排泄している。この排泄物の匂いが体臭であり、個人の免疫情報でもある。
 この体臭には異性を引きつけるポジティブな匂いと遠ざけるネガティブな臭いがある。ネガティブな臭いの代表は加齢臭である。その本体は、頭皮などで分泌された脂質が共生細菌に代謝されて生じる酸化物のノネナール、9-ヘキサデセン酸、スクワレンヒドロペルオキシドなどであり、若い女性はこれに極めて敏感である。この加齢臭は、免疫力の低下や遺伝子の劣化を示唆する間接的情報であり、おじさんを恋愛市場から締め出す嗅覚シグナルとして機能している。
 年齢に関係なく嗅覚を強く刺激するのは口臭である。これは虫歯、歯垢、肝臓病、感染の有無などを検知する鋭敏な病態情報である。唾液中には免疫防御のHLAや様々な抗菌物質が分泌されており、有害な病原菌を排除すると共に特定の細菌との共生を左右している。睡眠時には唾液の分泌量が低下して微生物が増殖する為に不快な口臭(モーニングブレス)が強くなる。特におじさんには朝夕の歯磨きによるオーラルケアが大切なエチケットである。
 迎香、攅竹、承泣などのツボは風邪やアレルギー病態の制御に重要と考えられているが、これらを刺激した際に嗅覚や免疫系にどの様な変化が見られるのであろうか?


転載:月刊東洋療法244号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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