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医者いらず健康長寿処方箋

医学博士 井上正康(健康科学研究所所長&大阪府鍼灸マッサージ師会学術顧問)


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「病気の匂い」

 世界は様々な匂いに満ち溢れている。暗黒の世界では食物か毒物か、敵か否かなど、生存を左右する匂いは最も重要な情報である。五感の中でも嗅覚は他の感覚系と異なり扁桃体に直結している。下等哺乳動物では、嗅覚が情動、性、縄張り行動、攻撃性などに直結しているが、この原理はヒトでも色濃く保存されている。嗅覚は非情に鋭敏でありながら、すぐに脱感作されて感じなくなる特色を有する。しかし、場所や時間が代われば、極微量でも瞬時にその匂いが記憶としてよみがえる。建物が燃える煙の臭いなどはその典型である。例え、死んだように爆睡している真夜中でも、火事の煙の臭いに気付かなければ焼け死んでしまう。危険に満ちた野生の世界では、嗅覚の鈍い動物は淘汰されてしまうのである。様々な動物の中でも犬はヒトの数百万倍~1億倍も嗅覚が鋭い。これが警察犬や麻薬探索犬が活躍できる理由である。
 彼らの嗅覚は病気に対しても鋭敏である。1989年、ロンドンの皮膚科医がマリーンという10歳のラブラドールレトリバー犬を著名な医学雑誌Lancetで紹介した。その症例報告では「飼い主の足に皮膚ガンがあることを嗅覚の鋭いマリーンが気付かせた」と紹介されている。更にマリーンは、50症例以上もの子宮ガン患者の尿サンプルについて、感度100%で全て嗅ぎ当てたという。2004年には144名のヒト尿サンプルを用いた大規模二重盲検研究の結果がBritish Medical Journalに発表された(成功率は41%でマリーンよりも低い)。現在では、訓練した犬であれば肺がん、乳がん、子宮がん、大腸がんなどを尿の臭いで見分けることが出来ると報告されている。同様の結果が日本産科婦人科学会や日本乳癌学会学術総会などでも発表されている。一方、ガン探知犬が1日に識別可能なテストは多くても4~5サンプルが限度である。しかし、メタボローム解析などでガン患者尿中の特異的揮発性分子が同定されるのは時間の問題であり、やがて匂い物質の解析で多人数を対象とする新検診システムが開発される可能性がある。
 ガン患者以外にも多くの病気には特有の臭いがある。例えば、糖尿病では甘いケトン臭、肝臓病ではネズミ臭、ペストではリンゴ臭、メープルシロップ尿症では楓エキス臭、フェニールケトン尿症ではアミノ酸代謝産物の特有な臭いがあり、重篤な症状が頻繁に観察されていた昔は、病室に入った瞬間にその匂いに気付くことが少なくなかった。
 一方、様々な病気で嗅覚に異常が生じる。鼻炎患者の23%は嗅覚障害を有し、アレルギー鼻炎では嗅覚だけでなく味覚も鈍くなる。アルツハイマー病の患者では初期症状として嗅覚障害があることが少なくない。このため嗅覚や味覚が変わった高齢者の場合、亜鉛不足に加え、脳の機能や脳血管の障害を疑うことも大切である。
 嗅覚と味覚は機能や感覚を相互に修飾し合う深い関係にある。このため嗅覚が鈍いヒトは一流のシェフやソムリエにはなれない。嗅覚を喪失すると食物中の芳香臭による満腹中枢へのフィードバックが消失し、過食により体重が増加することが多い。味覚や嗅覚のみならず、他の感覚や脳も総動員して美味しく食事をすることが健康長寿の基本である。ツボには鼻粘膜機能に関与する迎香や食欲に関与する地倉、神門、胃点、飢点などが知られているが、これらのツボや嗅覚、味覚、および大脳辺縁系との関係はどの様になっているのであろうか?

転載:月刊東洋療法247号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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