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医者いらず健康長寿処方箋⑬

医学博士 井上正康(健康科学研究所所長&大阪府鍼灸マッサージ師会学術顧問)


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「現代の纏足・ハイヒール」

 纏足(てんそく)は、足のやわらかい幼女期から親指以外の足指を内側に曲げて布できつく縛り、成長を抑えて小さな足にする中国の風習だった。この作業を生涯続けると最終的には「金蓮」と呼ばれる10cm前後しかないハイヒールに似た形の小さな足になった。纏足は南唐の李煜が足の細い女性を好んだことから始まり、中国全土が統一された北宋以降に広く普及し、清代には纏足狂時代と呼ばれる最盛期を迎えた。しかし、布で包まれた纏足は蒸れて臭く不衛生であったことから時の皇帝が度々禁止令を発した。義和団の乱以後に大規模な反対運動が起こり都市部では罰則により下火になった。しかし、全土では実質的な効果は少なく、第二次世界大戦直後まで隠れて行われていた。このため現在でも70歳以上の老女では纏足が見受けられる。
 纏足文化が生まれた理由は、小足の女性が美しく魅力的と考えられていたからである。貴族達はうまく歩けない纏足の弱々しい女性に美しく装飾された小靴を履かせ、その歩き方や可憐な仕草を楽しんでいた。事実、当時は纏足でない大足の女性には嫁の貰い手がなかった。纏足ほど極端ではないがヨーロッパでも大足の女性は労働者階級と見なされ、貴族は小足の女性を好んだ。苦痛を伴う身体加工の纏足は、視覚的なスタイルを良く見せる美容術であり性的アピール法でもあった。17世紀にバレエが流行して以来、バレエシューズによって小さくされた足は貴族の証となっていた。シンデレラしか履けなかった小さなガラスの靴も小足美人のメルヘン的小道具であった。日本の舞妓さんの履物も下部が細い高底靴であり、彼女達は纏足女性の歩き方を真似ていた。
 纏足は歩くことや走ることが困難なので、日々の生活には大きなハンディとなっていた。野生の世界はもとより、人間界も生きていくのは大変厳しいので、この様なハンディを背負う纏足文化が生まれた背景にはそれなりの理由があった。
 実は纏足の本質は「玩蓮」と呼ばれた官能の開発であった。小さな足で歩く時に体のバランスを維持するために内股の筋肉が余分に働き、局部の筋肉も強化される。この為、歩行時の独特な足音や姿勢などが聴覚(聴)や視覚(矚・窺・看・視)を刺激し、これに嗅覚や触覚が加わって48種もの官能を刺激すると云われている。明代の四大奇書『金瓶梅』には、纏足が美人と結婚の条件であり、男女の誘惑・求愛・性愛の手段であったことが述べられている。
 人間の様々な風習や奇行の背景には無意識的に生存を模索する進化要因が潜んでいる。纏足が長期間愛用されてきた事実にも進化生物学的な理由があると思われる。約100年前に脳外科医ペンフィールドにより作成された脳の身体地図を見ると、人間の様々な無意識的世界が視えてくる。側頭葉の感覚野では顔の領域の上側に手や指の感覚領域が隣接している。両領域と視覚や痛覚の関連領域との神経繊維の交差連絡が幻肢や幻肢痛の原因であることが脳科学者ラマチャンドランにより明らかにされている。又、足の感覚領域の直下には生殖器の領域が局在しており、両者間にも神経繊維の交差連絡がある。このため足に対応する感覚野の神経細胞が廃用性萎縮により退縮すると、これに隣接した生殖器の感覚領域が増大してくる。纏足は足感覚領域を縮小させて脳の性感帯領域を増幅する術として発明されたものである。現代女性もハイヒールにこだわり足や靴がフェティシズムの対象となっている理由は、この様な脳の身体地図と神経交差連絡の為である。ハイヒールでは脚線美を強調できるが、覆われて見えない纏足はバーチャルな官能世界をも刺激していたのであろう。古今東西「秘すれば花」は美意識とエロスの根幹である。
 東洋医学では足の裏に五臓六腑に対応するツボが想定されている。筆者も評判の良いプロから足ツボマッサージを受けた直後に驚く程身体が軽くなり歩行も楽になったことを経験したことがある。足裏に想定されたツボの医学的実態には不明な点も多いが、脳の身体地図との関連で鍼灸マッサージ法を解析することにより、エビデンスに裏付けられた有効な施術体系を再評価できると思われる。

注)「矚」は遠下方からの眺め、「窺」は盗み見る、「看」は看る、「視」は細かに観察の意。


転載:月刊東洋療法250号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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