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医者いらず健康長寿処方箋⑰

医学博士 井上正康(健康科学研究所所長&大阪府鍼灸マッサージ師会学術顧問)


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「癌死大国日本」

  日本では癌が脳卒中を抜いて死因の1位になり、高齢者の2人に1人が癌に罹り、3人に1人が癌で死ぬ時代になった。2014年には約75万人が癌と診断されている。癌で死ぬことが当たり前の時代になると、癌を過剰に恐れずに共存しながら人生の幕を引くことが大切である。癌は遺伝子が傷害されて発症する老化現象であり、典型的な生活習慣病である。長く生きるほど遺伝子の傷害が蓄積されるので、高齢になるほど癌に罹りやすくなるのは当然である。事実、50歳以上の日本人では年齢と供に癌患者数が増えている。癌死亡者数は世界的にも増えているが、その多くは発展途上国である。欧米先進国では癌は毎年約5%程度減少しており、先進国中で癌患者が増え続けているのは日本だけである。他の先進国と比較して日本での高齢化速度が著しい事が癌死亡率増加の主因と考えられている。しかし、日本人の平均寿命と2位以下の欧米先進国との差は僅かなので、日本のみで癌患者が増加している原因は他にもあると思われる。
 日本の医師は病気の診断と治療には関心が深いが、多くの医療施設には構造的な問題がある。米国の医療事情などと比較すると、日本の国民皆保険制度が如何に素晴らしいものであるかを実感させられる。しかし、手厚くて安い医療費が受診に対する心理的ハードルを著しく低くし、特定の症状も無いのに不安感から医療機関を訪れる患者も多くなっている。その為、CT、 MRI、 PETなどの高額画像診断機器による癌検診も日常的になっている。ちなみに、日本の人口は世界の僅か1.5%弱であるが、最先端の画像診断機器CTなどの保有率は日本が群を抜いており、世界の約1/3の機器が集中している。これは極めて異常な現象である。この為、高額診断機器を頻回に使わなければ、病院は経営が成り立たずに赤字倒産してしまう。癌の早期発見キャンペーンを追い風として、この様な異常な医療経済的事情が多くの高齢者に癌検診を受けさせている。以前は腫瘍が5cm以上の大きさにならなければ発見できなかったが高精度の画像診断で極めて小さな段階で早期発見できる様になった。癌検診によるこの早期発見が癌死亡者数を減少させてくれれば良いが、現実には癌関連死亡者数は増加する一方である。腫瘍の中には真性の癌もあるが、病理検査で判別出来ない良性腫瘍(所謂、がんもどき)も少なくない。前者の場合はやがて臨床癌となり、多くの場合は患者を癌死させる。後者の場合はやがて癌以外の原因で死亡する(天寿癌)。事実、癌以外の原因で死亡した高齢者を病理解剖してみると、前立腺などに腫瘍が見つかることが少なくない。しかし、悪性と誤診されて過剰治療された場合は術後の合併症や抗癌剤の副作用などで死亡するリスクが高くなる。
 日本の医師には「癌は手術で治すべきである」という先入観がきわめて強い。今でも癌治療では放射線療法は補助的手段と見なされ、術前処置や手術不能な症例に適用される事が多い。この為、放射線療法と較べて治療成績が手術と同じ場合でも後者による治療が優先される。一方、欧米先進国では外科医、放射線科医、化学療法専門医などが連携し、個々の患者に最適と思われる治療法を協議して選択するのが基本となっている。事実、日本での放射線療法の割合は約25%であるが、米国では約60%と圧倒的に多い。癌組織周位に浸潤した癌細胞は手術でも取り残される可能性が高いが、放射線療法では癌周辺部も照射されるので取りこぼしは少ない。大手術では重要臓器への侵襲や患者の身体的負担が大きく、合併症で死亡するリスクも高くなる。手術信仰が強く根付いている日本では「手術ができてよかった」と思われがちであるが、必ずしもそれが患者にとって良い結果になっているとは限らない。
 この問題に挑戦したのが「患者よ、ガンと戦うな」の著者近藤誠氏である。医師の立場からも近藤氏の主張は納得出来る点が多いが、多くの癌医療現場では完全に異端児扱いされている。近藤氏の主張が受け入れられない理由として治療担当医の実名を挙げて厳しく批判している点が大きいと思われる。日本の医師はお互いに治療法を批判的に議論することに慣れておらず、無意識的にこれを避ける習慣を身につけている。特に、現時点では学会などでスタンダードと信じられている治療法を批判された医師は、感情的な防衛反応を示すのが人情である。一方、多くの腫瘍外科医や癌化学療法医は関連学会などで「日本のスタンダード治療法」を真面目に勉強している。しかし、この日本的スタンダード治療法に大きな落とし穴があるように思われる。その実例が日本と欧米での癌放射線療法の選択率の差にも現れている。忙しい日本の医療現場では物事を俯瞰的に観る訓練がなされていないことが多い。例えば、現在の様に高度な医療技術がなかった百年前の胃癌患者は、その時代の対処療法を受けるのみで放置されていた。現代では癌患者は様々な方法で治療されている。しかし、「百年前の放置患者の方が現在の治療群よりも長期間生存していた」と云う驚くべきデータがある。現代の治療群患者の生存期間が放置群より短いのは、「癌もどき患者」に対する過剰治療が原因かも知れない。近藤氏はこれらの事実を根拠に「癌放置療法」と云う対処療法を提唱している。今後、この問題が患者のQOLを中心に科学的に議論されることにより、癌医療に大きなパラダイムシフトを起こす可能性が考えられる。最新医療でも癌を確実に治療することは困難であり、癌で旅立つ事を平常心で受け止める国民的死生観を育成する事が大切である。癌の終末期は痛みとストレスのケアがQOLを左右する。疼痛緩和は鍼灸マッサージの得意とする分野であり、癌患者の終末期を支援する役割が期待されている。

転載:月刊東洋療法254号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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