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医者いらず健康長寿処方箋⑱

医学博士 井上正康(健康科学研究所所長&大阪府鍼灸マッサージ師会学術顧問)


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「沈黙の臓器・腸内細菌叢」

 食物連鎖で生きている全ての動物にとって、エサとなる生物の大半は異物である。生体異物には有害なモノも多いので、捕食者はこれに対する防御機構として免疫系を進化させてきた。しかし、異物を免疫系で完全に排除すれば動物は餓死するしかない。このため動物は栄養物に対しては経口摂取しても拒否反応を起こさない免疫寛容の仕組みを獲得してきた。通常、抗原になりうる物質でも経口摂取すれば抗体が産生されないのはこの為である。栄養になる食物には常に細菌や寄生虫が付着しており、彼らも一緒に口から入ってくる。しかし、その大半は強酸性の胃液で殺菌されるため、滅多なことではホストも病気にならない。この殺菌作用を免れた一部の細菌は、大腸をはじめとする消化管内に共生細菌叢を形成し、ホストに大きな影響を与えている。栄養環境が良ければ彼らは約20分に1回分裂することができ、瞬く間に大きな細胞集団を形成する。事実、ヒトの糞便の約1/3は数百種以上もの細菌で占められており、その総数は100兆個(総重量は~1.5 kg)を超える。ヒトの細胞は約60兆個で遺伝子は約2万種類であるが、大腸菌の遺伝子だけでも4000種類以上あり、腸内細菌の全ゲノムはヒトよりも遙かに多彩である。しかも、彼らの代謝は哺乳類の細胞の10~100倍も活発である。彼らの主食は胃腸で分解吸収されない食物繊維のセルロースやリグニンなどであり、その量と質により個性豊かな腸内細菌叢が形成される。セルロースやリグニンは植物の骨格であり、セルラーゼなどの酵素が無ければ分解されない。白蟻が家屋の木材を食べることができるのはセルラーゼを有する腸内細菌のお陰である。ヒトの大腸内にもセルラーゼを有する細菌が共生しており、彼らが食物繊維を分解してくれている。しかし、腸内細菌でも食物線維の分解には時間がかかる。このため菜食主体の民族では肉食主体の民族に較べて腸の長さが1.5 mほど長く、これが食事から排便までの時間を決めている。セルロースやリグニンが大腸で分解されて生じる糖から脂肪酸や様々な代謝物が産生される。牛などの草食動物では体に必要な全ての素材を牧草から創ることができるが、これも胃に共生する微生物のお陰である。酵母やキノコの糖蛋白質(GPS)が自然免疫系を活性化する事が知られているが、腸内細菌も細胞膜上に様々な糖蛋白質を持っている。この糖蛋白や彼らの代謝産物が全身のエネルギー代謝や免疫系に様々な影響を与えている。肉の摂取量が多い民族では大腸癌のリスクも高くなることが知られており、これには肉に多く含まれる鉄イオンと腸内細菌叢の変化が関与していると考えられている。最近の研究では、糖尿病と関係するインシュリン抵抗性や肥満の患者に痩せた健常人の腸内細菌(すなわち便)を移植することにより様々な症状が改善されることが明らかにされている。更に難病の潰瘍性大腸炎やクローン病のみならず、気分や鬱病などの精神科疾患にも腸内細菌叢が影響する可能性が明らかになりつつある。この様なことから「腸内細菌叢は肝臓に匹敵する不可欠な臓器である」と言っても過言ではない。鍼灸マッサージにも免疫機能に関与する様々なツボや経絡が知られている。これらのツボや経絡と腸内の共生細菌との関係は未知の重要な研究課題である。

転載:月刊東洋療法255号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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