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医者いらず健康長寿処方箋⑲

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康
〈現在、多くの府県師会より講演依頼を受けています。ぜひ貴師会でも!〉


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「嗅覚の免疫制御と生存戦略」

 アジアでは湿度が高くてカビが生えやすいため、調味料にも味噌、醤油、魚醤、酢などの発酵産物が多く、これらが日々の食卓を豊かにしてくれている。日本人のご飯の友である漬物や納豆も代表的な発酵食品である。このように酪酸を主体とする発酵臭は古くから日本人に親しまれてきた。パンを主食とする民族は子供の頃から小麦粉の焦げた匂いに親しんでおり、大人になるとスモーキーなウイスキーや燻製を好む様になる。幼時期から蜂蜜に親しんでいるヨーロッパやアフリカの人々は、大人になっても甘いものやバニラの匂いが大好きである。料理の隠し味のごとく、これらの「隠し臭」は子供の時から脳に刷り込まれて食の嗜好性に大きく影響している。デパ地下などでこれらの匂いを気づかれないほど低い濃度で漂わせておくと、客は無意識的にそれが欲しくなり、売り上げも増加する。蒲焼きの煙と匂いをウチワで扇いで客寄せするのは鰻屋の常道であった。嗅覚の脳刺激効果は視覚に勝るとも劣らず、強力なサブリミナル効果を持っている。
 食の嗜好性に影響する嗅覚は免疫系にも深く関与している。有性生殖は免疫の多様性を拡大してホストを防禦する為に進化してきた生存システムである。男女は視覚的および嗅覚的に選り好みをするが、これは遺伝子継承の為の情報収集反応の一環である。女性では視覚と嗅覚が同じ強度の情報として作用し、心地よい匂いのイケメンとは寝食を伴にしたがる。一方、パートナーでも臭いと感じると不妊や流産のリスクが高くなる。これに関連して日本、イギリス、モンゴル、アフリカなどの夫妻が参加した面白い研究がある。参加者の奥方に同種類の下着を1日間着てもらい、その匂いからパートナーの物を当てる実験では、モンゴルやアフリカの殿方は百発百中で正解を出した。一方、先進国の殿方の成績は散々な結果であった。
 体臭は汗の成分を食べた共生細菌の代謝産物の香りであり、ヒト白血球抗原(HLA)の特性を反映する無意識的免疫情報なのである。個人の体臭と混ぜ合わせて個性的な匂いを演出する香水では、売れ筋が民族により大きく異なるのもこのためである。匂い関連商品は脳の遺伝子と匂い記憶をコントロールする官能刺激商品なのである。
 抗菌グッズが流行る日本の無臭社会では、嗅覚刺激による免疫応答反応が影響されて感染症やアレルギー性疾患の様相も変化している様に思われる。戦後の短期間に花粉症やアレルギー疾患が著しく増加してきた背景には不自然に無菌無臭化してきた生活環境も関与しているようである。
 匂いは記憶とも深く関係しており、長い間忘れていた記憶が鮮明に覚醒することもある。興味深いことに、鼻腔ポリープの切除術で軽度の鬱病に罹る事もある。嗅覚の弱い人、鬱傾向の強い人、鬱病患者などでは海馬と臭球も小さいことが知られている。嗅覚の低下は認知機能にも影響するので、匂いで認知症や鬱を予防治療する方法が開発される可能性もある。
 鍼灸では迎香をはじめとするツボが風邪などに有効であることが知られている。これらのツボを系統的に刺激して嗅覚免疫系を介して感染症を制御できる可能性が考えられるが、如何であろうか?

転載:月刊東洋療法256号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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