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医者いらず健康長寿処方箋⑳

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康
〈現在、多くの府県師会より講演依頼を受けています。ぜひ貴師会でも!〉


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「鍼灸マッサージと共感覚」

 「目は口ほどにものを言う」と云われるが、心の有り様は瞼や眼差しなどの僅かな動きに鋭敏に反映される。逆に、眼から入った外界の情報は後頭葉第一次視覚野に運ばれると同時に、形、奥行き、動き、色などの情報を固別に処理する30ヶ所以上の視覚関連領域へ伝えられる。脳卒中などでこれらの領域が障害されると、障害部位に応じた情報を認識処理できなくなる。例えば、動きを認識する部位が障害されると、接近してくる自動車などを認識できなくなるので道路も渡れなくなる。又、コップに水を汲む際にはどこで止めてよいかわからず、水が外に溢れ出してしまう。この様に外界の視覚情報を認識処理する神経細胞群は高次に機能分化している。
 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などは、光、音、化学物質、物理的外力、及び栄養分子の情報を独立に感知すると同時に、五感同士が神経ネットワークを介して相互作用して複合的な情報世界を創成している。「共感覚」と呼ばれる現象もこの様な神経交差配線により生じている。例えば、文字、音、形などに色を感じ、数式の美しさに恍惚となり、音が立体的に交差する図形や音階などに見えるなど、共感覚は五感を相互作用させて複合的世界を創成している。素晴らしい芸術作品や世紀の大発見などには共感覚が大きな役割を果たしていると考えられている。現在、この共感覚を手がかりに脳の主観的世界と客観的世界の関係を解明する研究が広がりつつある。
 胎児の脳内では成人よりも遙かに多くのシナプスが形成されている。生まれたばかりの赤ちゃんは、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚等の五感覚が未分化な状態であり、特に生後数ヶ月間は色と形を関連づけて共感覚的に外界を認識している。この神経ネットワークの多くは新生児の発育に伴い刈り込まれて消失する。何らかの理由でこの神経ネットワークが刈り込まれずに残ると共感覚の強い人間になる。脳の局所的損傷では、刈り込まれずに残存していたネットワークや隣接した神経細胞が構築した新たなネットワークが共感覚を発現する。
 皮膚は自己と外界を隔離するボディースペースのフロントラインであるが、この感覚が障害されると過共感となる。失われた手足が見えたり痛んだりする幻視や幻視痛はこの過共感現象が原因となっている。神経節の細胞を光刺激すると偏頭痛が誘発され、両眼を損傷した場合には指先で点字を読む機能が視覚中枢により代行される(感覚代行)。視覚野は耳や皮膚からの刺激信号をも共有している為、晴眼者でも音や皮膚感覚により視覚が修飾(味付け)される。これがビデオ録画やCDがライブや生演奏の迫力に敵わない理由でもある。又、言葉を聞く際に唇の動きを見ると単語の聞こえ方が変わってくる(マガーク効果)のも共感覚によるのである。視覚情報を処理する神経系は嘔吐中枢や平衡感覚に関与する神経系とも連動して共感覚を形成している。このネットワークにはセロトニン神経も含まれている。全盲の鬱病患者にセロトニン特異的取込み阻害薬(SSRI)を投与すると激しいめまいや吐き気が起こる事が知られているが、これはSSRIによりその機能が影響される為に生じる現象である。視覚情報は情動に関与する扁桃体の機構と共役して感情を伴う情報となる。視覚野から扁桃体への連絡が障害されているカプグラ症候群の患者では、自分の母親の写真に対しては正常な感情的反応を示すが、実物の母親を目の前にした場合はそれを他人であると思い込んでしまう。
 音と光と色彩が交錯して鮮烈な異次元的イメージを創成する共感覚はLSDなどで増強される。マリファナなどもその時の感情を増強する作用が有る。ミュージシャンや芸術家がマリファナやLSDなどに手を染めて依存症になり易いのはこの為である。不愉快な写真を見せる際に不快臭を嗅がせると、その写真に対する不快感が増強される。嗅覚は過去に体験した事に関する記憶を増強するが、それが欠如すると認知機能も低下する。匂いにより呼び起こされる記憶は鮮明であり、嗅覚の強化訓練が認知症予防にも有効であると考えられる。睡眠中の記憶は臭いにより強化されるので、匂いを併用する新学習法が開発されても不思議ではない。鬱病患者では海馬や臭球が小さいが、健常人でも鼻腔ポリープを切除した後などに軽度の鬱病に罹りやすいことも知られている。
 嗅覚は視覚とも共感覚的に深く関係している。優れたシェフやソムリエは、視覚、嗅覚、味覚などを総動員して料理やワインの質や背景を分析する。これらの感覚は単独に機能するのみならず、相互に共鳴してワインの質を共感覚的に吟味する。その為、白ワインに赤い色素を添加すると一流のソムリエでも嗅覚不能となり、ワインの情報を分析できなくなる。風邪を引いて嗅覚が鈍化した料理人の味が劣化するのもこの為である。嗅覚神経は音にも反応し、音が匂いを微調整する(スマウンド感覚:smell & sound)。お酒を飲みながら音楽を聴き、乾杯の際にグラスを合わせて音を出し、演奏会の合間にワインを嗜むのも共感覚を解き放って音の世界を豊かに修飾する為である。
 ツボや経絡は鍼灸マッサージの最重要因子であるが、その解剖生理学的基盤は不明である。ペンフィールドの古典的脳地図や最近の脳画像解析から、ツボや経絡が脳内の神経ネットワークを基盤とする共感覚と深い繋がりがある様に思われる。最新の脳画像解析技術を用いる事により、鍼灸マッサージの効果やメカニズムの解剖生理学的基盤を共感覚の神経機構との関係で明らかにする事が可能と思われる。若手研究者にそのようなチャレンジを期待したい。

転載:月刊東洋療法257号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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