トップ > お知らせ一覧 > 医者いらず健康長寿処方箋㉒

医者いらず健康長寿処方箋㉒

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康
〈現在、多くの府県師会より講演依頼を受けています。ぜひ貴師会でも!〉


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「腸内細菌とオナラの食文化」

 江戸っ子だってね、スシ食いねぇ! これは清水次郎長伝「森の石松 三十石舟」の有名なセリフである。この時に石松が食べていたのは、大阪は本町八軒店の熟れ鮨であり、江戸前寿司ではなかった。熟れ鮨は魚と米を無酸素環境で乳酸発酵させた鮓の原型であり、独特のバクテリア臭がある。上方の熟れ鮨や押し鮨に対し、江戸前の新鮮な魚貝類を酢飯に添えて食べる寿司は江戸の郷土料理であった。今ではSushiと呼ばれて欧米諸国でも人気が高く、現地の具材を用いて無国籍的メニューへと進化しつつある。カリフォルニア巻きはもとより、ウニやイクラなどの軍艦巻きを味わうには具材の風味を落とさない板海苔が必要である。
 海苔の細胞壁は丈夫な硫酸多糖体で守られているが、特殊な海洋微生物ゾベリア・ガラクタニボランはこれを分解して栄養分にしている。ヒトの腸内には食物繊維などを餌とする数百兆個もの細菌が共生しているが、欧米人の腸内にはこの多糖体を分解できる細菌が居ないので食べた海苔は未消化の状態で排泄される。世界広しと云えども海藻の多糖体を分解できる腸内細菌を持っているのは日本人のみである。日本人は8世紀以前から生の海藻を食べており、701年の大宝律令にも30種類以上もの海藻が朝廷への貢ぎ物として列挙されている。この様な食歴を背景に、生の海藻に付着していた海洋微生物の遺伝子が日本人の腸内細菌バクテロイデス・プレビウスに取り込まれて海苔を分解できる様になった。江戸中期には現代の様な板海苔が登場し、様々な具材を包んで楽しむ海苔巻きがファストフードとして流行していた。最近では韓国海苔なども流通しているが、これは日韓併合後に日本から伝わった養殖技術と食文化に由来している。韓国海苔は塩とゴマ油で炒られているので細胞壁の多糖体は破壊されており、この様な腸内細菌を持たない外国人にも消化することが出来る。
 陸生植物の細胞も頑丈なセルロースやリグニンなどの繊維で守られており、これを分解するのも至難の業である。しかし、セルロースを分解できる昆虫は多く、その代表はゴキブリ属のシロアリである。彼らには強力なセルロース分解酵素を持つ腸内細菌が共生しており、世界の植物の約15%を体内で分解している。実は、ヒトの腸内にもこの酵素の遺伝子を取り込んだ細菌が多数共生しており、胃腸で分解できずに大腸に到達した食物繊維は彼らの主食となっている。腸内細菌により分解されたセルロースは様々な物質に代謝され、最終的に水素ガスやメタンがスとなる。これがオナラの主成分である。
 腸内の水素産生菌とメタン産生菌の比率は、民族や食事などにより大きく異なっている。水素産生菌が多い人では腸の蠕動運動が早く、メタン産生菌が多い人では蠕動運動が遅くなる。腸の蠕動運動は自律神経系で制御されており、交感神経系優位で蠕動運動が遅延すると便秘傾向に、副交感神経優位で亢進すると下痢気味になる。古くより、イライラや怒りっぽさは自律神経を介して便秘傾向を増強し、免疫系にも影響する事が知られている。最近の研究では、腸内細菌叢が、性格、気分、心身症、うつ病、不眠症、不安感などにまで影響する事が判りつつある。これらの現象にも腸内細菌叢による水素やメタンの代謝が関与している可能性が考えられる。鍼灸ではイライラ、怒りっぽさ、不安症などに関係する期門や関元などのツボが知られている。これらのツボは腸管神経叢や免疫系を介して腸内細菌叢やガス代謝にも影響している可能性が考えられる。若い方々の温故知新的テーマとして、この様な分野の研究が発展することを期待したい。

転載:月刊東洋療法259号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

PAGETOP