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医者いらず健康長寿処方箋㉓

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康
〈現在、多くの府県師会より講演依頼を受けています。ぜひ貴師会でも!〉


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「腸内細菌との共存共栄」

 戦後の日本では、毎日の食事における乳製品や良質な蛋白質の増加などが健康の増進や寿命の延長に大きな役割を果たしてきた。古来より、遊牧民族が飢餓や劣悪な環境を生き抜けてきた理由にも栄養豊かなタンパク質と乳食品が挙げられる。母乳や牛乳で育つ乳幼児と異なり、成人の多くは飲むとお腹が張って下痢をするなどで牛乳が飲めなくなる。これは乳糖不耐症と呼ばれる現象で、その理由は母乳や牛乳に含まれている乳糖が原因である。乳糖は哺乳類のミルクにだけ存在し、乳児では小腸の乳糖分解酵素で処理されて栄養やエネルギー源となる。しかし、離乳期を過ぎると小腸の酵素活性が急速に低下し、分解されなかった乳糖が大腸にまで到達する。大腸には乳糖を餌とする多くの腸内細菌が共生しており、これを急速に乳酸、酢酸、ギ酸などに代謝する。これらの有機酸は大腸を刺激して蠕動運動を亢進させるために下痢をしてしまうのである。日本人も離乳後に乳糖分解酵素が低下するので、母乳やミルクを飲めるのは生後の一定期間だけである。幼児がいつまでもミルクを飲み続けると、母親に排卵が起こらず、新たには妊娠できない仕組みになっている。これは全ての哺乳類に備わっている離乳機構であり、乳児の命綱である母乳を兄弟や父親に奪われない為の仕組みとして進化してきた。成人してもミルクを飲める大人は突然変異種なのである。牛乳にはラクツロースと呼ばれる糖が含まれているが、これもヒトの小腸では分解されないので大腸に到達し、そこで共生細菌の栄養分となる。ラクツロースは乳酸菌やビフィズス菌を増加させ、アンモニアを分解して便を軟らかくするので慢性便秘や肝臓病の治療に利用されている。セルロースやラクツロースは腸内細菌により水素にも代謝されるので、潰瘍性大腸炎による粘膜障害や体重減少を軽減してくれる。牛乳を加熱処理するとラクツロースが約200倍に増加するので、特に高齢者には温めた牛乳が大腸機能の保護や便通改善、および骨粗鬆症の予防などにも有効である。
 小腸で分解されずに大腸の共生微生物により代謝される食材に食物繊維がある。食物繊維は野菜や海藻などの細胞壁を構成する消化されにくい成分の総称であり、セルロース、ペクチン、グルコマンナン、アガロース、アルギン酸、カラゲナンなど、実に多様である。ワカメやヒジキは乾燥重量の60~70%も食物繊維が占めている優れた食品素材である。野菜の主要繊維であるセルロースなどはヒト大腸の共生細菌のセルラーゼで分解されるが、多くの欧米人の腸内細菌は海藻の食物繊維を分解できない。嬉しい事に日本人の多くは海草を分解する腸内細菌を持っているので、海藻からも食物繊維を摂取する事ができる。米や麦は約4kcal/g のエネルギーを産生するが、食物繊維の有効エネルギー量は低く、特に海草類のエネルギー量は極めて少ないのでダイエット食品としてもお勧めである。乳糖、ラクツロース、食物繊維などは腸内細菌により乳酸、酢酸、ギ酸、酪酸、プロピオン酸、および水素やメタン(オナラの主成分)などに代謝される。腸内の水素産生菌とメタン産生菌の比率は民族や食事により大きく異なる。水素産生菌が多い人では腸の蠕動運動が早くて軟便傾向に、メタン産生菌が多い人では蠕動運動が遅くて便秘気味になる。腸内細菌叢の総重量は1kg近くもあり、「肝臓に匹敵する臓器」と考えられる。古くより「医食同源」や「薬食同源」と云う概念があるが、これらの基盤にも腸内細菌が果たす役割は大きく、今後の研究の発展が期待される。

転載:月刊東洋療法260号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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