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医者いらず健康長寿処方箋(40)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「女脳設計図の改変と生存戦略」

 昔から「女性は子供を産んで母になると大変強くなる」と言われてきた。所謂、”カカア天下”と呼ばれる現象である。母親は子供を守るために強くならざるを得ないので、これは極めて合理的な変化である。一方、未婚や未産の女性の多くも年齢と共に性格がきつくなると言われている。男女格差社会で様々なハンディーを克服しながら仕事をしている女性には男以上にストレスがかかるので性格がきつくなるのも当然である。しかし、出産や加齢などで女性の性格が変化していく脳内機構に関しては不明であった。
 古くより「脳が子供を産む」との名言がある。これは妊娠、出産、授乳、子育てに至る全ての過程を脳の視床下部~下垂体系を中心とするホルモンや自律神経系が制御しているからである。脳でオキシトシンの産生分泌が増えると母性本能が強化され、親子の絆が深まると同時に子供を守るために他者に対して攻撃的になる。これは哺乳類の母親に共通してみられる現象であり、特に子供に近付く外敵に対しては凶暴になる。
 MRI解析技術をはじめとする脳科学の進歩により、女脳の機能や構造が妊娠や出産により著明に変化することや男脳との違いが明らかになりつつある。女性の脳では妊娠や出産により特定の領域の灰白質が小さくなり、脳の機能や構造が書き換えられるのである。この際に変化する脳の設計図は社会的認知機能に関与する領域が主体である。出産後の女性に自分の子供の写真を見せるとこの神経領域が強く応答する。この様な脳内ネットワークの改変により子供に対する共感性が強化されて子育てモードになる。また、この様な変化や反応性から経産婦と未産婦を識別することが可能であり、子供への愛着度も予測できると云われている。この灰白質の変化は出産後2年間ほど維持されるが、記憶に関与する海馬での変化は部分的に回復する。この様な脳の変化は母親となった女性が厳しい社会に適応するための準備反応なのである。
 ホルモンのバランスは年齢とともに変化し、無意識下で身体に大きな影響を及ぼしている。 男性と肩を並べて働く女性では不規則な生活や仕事のストレスからホルモンや自律神経系のバランスが崩れ易い。事実、社会の第一線で働いている女性では男性ホルモンのテストステロンが高くなり、結婚や出産によってその濃度が低下する事が知られている。テストステロンは興奮状態や集中力が高まったりイライラしている時など、感情が激しく変化する時に多く分泌される。この様なストレス負荷状態では女性ホルモンよりも男性ホルモンが優位に働く。未婚女性や未産女性の性格がきつくなるのはテストステロンの影響も一因と考えられている。テストステロンは孤独願望を強化する働きもあり、他人から干渉されずに一人で過ごす事を好む“おひとりさま”でも男性ホルモンが多くなると云われている。男性に負けない様に頑張ってバリバリ働く女性では、ストレスによりホルモンバランスが変化してオス化していく傾向が認められている。どちらのタイプの女性でも社会で生きていくために強くなっていくのである。男女協同参画時代に両者が平和共存するには、特に社会的支援体制の確立と男性諸氏の十分な理解が不可欠である。
 古くより、男の胎児は母体に負担が大きく、養育面でも手がかかるので母親の苦労も大きいと言われてきた。最近の研究により、生まれた子供の性別により母乳の質も微妙に変化し、男児の場合は女児の場合に比べて栄養価やカルシウム濃度が高い事が判明した。同性および異性の双子で比較解析した結果、異性の双子の場合は両者とも身長が低くなり、身体の発達も遅れる傾向がある事が明らかになった。子供の性別により母親の脳や母乳の成分などが微妙に変化する理由は、胎児の性染色体に依存した遺伝子発現変化やホルモンの影響と考えられている。数千万年かけて進化してきた哺乳類の妊娠、出産、授乳をはじめとする遺伝子継承システムには未だ多くの知られざる研究課題が残されている。
 鍼灸マッサージは不妊治療にも利用されており、自律神経やホルモン代謝に影響するツボや経絡も多い。これらのツボや経絡を刺激した際に血中のホルモンや脳がどの様な反応を示すかを系統的に解析する事は重要な研究課題であり、若手の活躍が大いに期待されるところである。

転載:月刊東洋療法277号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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