トップ > お知らせ一覧 >「医者いらず健康長寿処方箋」(42)

医者いらず健康長寿処方箋(42)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「生命継承と不倫遺伝子の免疫戦略」

 向田邦子の「阿修羅のごとく」は、父に愛人がいることを知った四人姉妹が長年連れ添った母を気遣いながら、彼女達も自身や夫の不倫などで悩む心の葛藤を描いた作品である。母は夫の愛人について何も知らない様に振舞っていたが、ある冬の朝に愛人宅の前で長時間立ちつくしながら帰らぬ人となってしまう。これは欲脳を成仏させることの難しさを描いた作品であるが、古今東西、男女の愛憎を見事に描写出来れば一人前の作家であると云われてきた。事実、日本でも源氏物語から近松門左衛門まで、時代を超えて語り継がれてきた名作の多くは男女のスッタモンダが主題である。近年の小説や映画でも男女の愛憎を描いた作品が人気であり、「失楽園」などの視聴率も非常に高い。しかし、特に徳が高いわけでもない政治家やタレントが不倫すると、メディアは被害者的感情を煽って魔女狩り的集中砲火を浴びせる。この異常な不寛容さの根底には社会の同調圧で抑圧された巷の羨望がある。これとは対照的にアムールの国フランスでは庶民からサルコジ大統領やミッテラン大統領の愛人や婚外子まで稚拙なメディアに晒されることは少ない。女優との仲を報道されたオランド大統領に至っては政治業務と無関係なプライバシーを侵害したとしてメディアを告訴した。彼の地では個人的な恋愛問題を道徳や法律で縛るのはナンセンスであるとの熟成した文化が国民の間に広く浸透している。戦前の日本でも政治家の愛人が問題にされることはなく、“女は芸の肥やしである”との迷言まであった。女性の立場から考えるとトンデモないことの様に思われるが、色恋に関する倫理観の楽屋裏では時空を超えて遺伝子に刻まれてきた生物の生存戦略が息づいている。
 実は、全哺乳類の97%は乱交型であり、キリスト教文化の同調圧が布教拡散させた一夫一妻制はヒト族の遺伝子特性には適合しないことが判明している。動物にとって永遠の宿敵は病原体であり、ヒトも彼らと熾烈な軍拡競争を繰り広げてきた。病原体と戦う基本的な武器は免疫力であり、その防御能力強化手段として有性生殖システムが進化してきた。無数の卵子と精子をばら撒いて多産多死的な結果オーライで生き残ってきた種とは異なり、長い年月と莫大な労力を費やして少数の子供を確実に育てるヒト族には遺伝子多様化戦略が生命線である。感染防御能を強化するには免疫的多様性を広げることが基本となる。“一姫二太郎”と云われるように、ヒトでは第一子が女児で男児は第二子以降に生まれる確率が高い。女児は男児より生命力が強くて発育も速いが、夫々、三歳と五歳を超えると成人まで生き延びて次世代を残せる可能性が高くなる。子供がこの分水嶺的年齢に達したことを祝う儀式が“七五三の祝”である。三歳の女児に胎内期間を加えた四年間が免疫軍隊の一個師団を創生する最短期間であり、以後は遺伝的に異なる配偶子との出会いで軍事力を多様化させる戦略が優位となる。一夫一妻制を支える遺伝子には時限的リセット機構が組み込まれているのである。そのシステムとして進化してきたのが愛情ホルモンのオキシトシン、攻撃ホルモンのバゾプレッシン、そして冒険心を掻き立てる報酬系ドーパミンとその受容体遺伝子群である。
 オキシトシンは子宮を収縮させる出産ホルモンであるが、母子関係、男女関係、社会的信頼関係の構築にも重要な役割を果たしている。オキシトシンは抱擁、愛撫、恋愛中の女性で高まり、赤ちゃんの泣き声を聴いただけでも脳から分泌されて授乳を促進する。オキシトシン神経は側坐核や扁桃体などで報酬系のドーパミン神経やセロトニン神経と繋がり、パートナーへの忠誠心や一夫一婦制を維持してくれる。夜泣きされてシンドイ時でもお母さんが頑張れるのはオキシトシンのお蔭なのである。しかし、オキシトシンの受容体遺伝子には“浮気遺伝子”と呼ばれる変異型があり、この遺伝子型の女性では排卵期に男性への関心が高まり、浮気する可能性が増加して離婚率が50%も高くなる。
 バゾプレッシンとオキシトシンは視床下部で産生分泌されるホルモンであり、お互いの構造が酷似しているために相互に作用しあう。バゾプレッシンは男性では見知らぬヒトへの警戒心を強めて敵対的表情を作るが、女性では無意識的に親しみの表情を創生する。バゾプレッシンが強く作用する男性では、不安、ストレス、敵への警戒心や攻撃性が強くなり、妻子を守る行動が強化される。敵と戦うにはオキシトシンによる愛情が邪魔になるのでバゾプレッシンで抑制することにより容赦なく敵を排除できるようになる。バゾプレッシン受容体遺伝子には短いタイプで“無慈悲遺伝子”や“浮気遺伝子”とも呼ばれる遺伝子があり、その持ち主の多くは自己中心的であり、多情多感で離婚率も高い。英雄の多くはこの遺伝子を持っており、オキシトシンの作用が抑制されて女好きになる。“英雄色を好む”と言われる所以である。
 刺激を求める報酬系伝達物質の主役はドーパミンであるが、その受容体遺伝子DRD4も“冒険心遺伝子”や“浮気遺伝子”とも呼ばれている。この遺伝子は植民地政策を進めてきた世界の侵略者アーリア人の末裔に受け継がれている。この継承者には権力志向や自己顕示欲が強い起業家、政治家、運動選手などが多く、新奇探索性と冒険心が強くて女好きである。この対極にあるのが“成功よりも失敗しないことを目標とする日本的遺伝子”であり、その抑圧的同調圧が三流メディアを介してスッタモンダ報道を煽っている。通常、この様な同調圧が強過ぎると少子化により人口が激減することが知られている。ちなみに、日本女性1人当たりの出生率は1.42であり、その30%は不妊治療での出産児である。この絶滅危惧種的日本では毎年約30万人もの胎児が中絶されており、その大半は婚外児である。これに対して中絶が少ない欧米先進国の婚外子は全子供の60%にもなるが、そのトップランナーのフランスでは出生率が2以上と上り坂である。この背景には“産めば産むほど女性への恩恵が増える優れた戦略的社会制度”がある。日本でもその様な社会制度を積極的に取り入れながら、稚拙な社会的同調圧に流されることなく、太古から悠久の旅を続けてきた遺伝子の生存戦略を視野に入れた生命倫理や死生観を学ぶ事が大切である。

転載:月刊東洋療法279号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

PAGETOP