トップ > お知らせ一覧 >「医者いらず健康長寿処方箋」(48)

医者いらず健康長寿処方箋(48)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「非婚少子化のシナリオと欲脳遺伝子の処方箋」

銀も金も玉も何せむに 優れる宝 子にしかめやも(山上憶良)

 万葉集に収められたこの名歌の想いが古今東西の本能に刻み込まれながら時空を超えて遺伝子を継承してきた。動物は死亡数以上に新たないのちを産み続けなければ絶滅してしまう。現代社会で人口を維持するための分水嶺は出生率2.07であり、これ以下では少子化により人口が減少していく。2015年における日本の出生率は1.4であり、1.2の韓国や1.1のシンガポールと同様に厳しい低空飛行を続けている。この為、最長寿国日本は先進国中で最も速く高齢少子化が進む国となっている。人口減少が国力を低下させるとの危機感から各国の政府は何とかして若い世代に子供を作って貰いたいと願っている。日本政府もあの手この手で姑息対策を打ち出しているが、その大半は若者が置かれている現状を理解してない的外れなものであり、その効果も焼け石に水である。
 以前、大阪市の中学校長が生徒に向かって“女性にとって最も大切なのは子供を2人以上産むことであり、仕事でキャリアを積む以上に価値がある。大学は子供を産んだ後で行けば良い!”との持論を述べた。これは個人的意見としては何ら問題は無いが、校長として公の場で発言した事に対して全国から多くの批判が殺到し、市の教育委員会はこの校長を翌年に辞めさせてしまった。2007年には柳沢伯夫元厚労相の“女性は子どもを産む機械である”との暴言に対して、流石の安倍首相も慌てて口先陳謝した。その舌も乾かない内に麻生元首相が“オレは子どもが2人いるので最低限の義務は果した”とドヤ顔で放言した。これに対しても“産んだのは奥さんで、アンタではない”と全国の女性から十字砲火を浴びせられて本音失言を撤回した。先日も自民党の役員連絡会で山東昭子元参院副議長が“女性活躍社会では仕事をしている人が評価され、専業主婦は評価されていないとの声がある。そこで子供を4人以上産んだ女性を厚生労働省で表彰してはどうか!”と発言していた。これは第2次世界大戦時にナチスドイツが4人以上子供を産んだ女性に“母親十字章”を送っていたのと同じ発想である。キャリアを積んだこの女性議員はこんな駄菓子的御褒美で女性の心を動かせるとでも思っているのであろうか?イヤハヤ、、、日本の政治家はこの程度の認識と想像力しか持っていないのが実情である。
 先進国での少子化の理由を知るには妊娠や出産の医学的知識が不可欠である。日本人の平均的初経年齢は11歳であり、その数年後から排卵が始まる。女性が妊娠しやすい年齢は22歳がピークであり、この妊孕力は30代に急減して40代になると絶望的に低くなる。22歳の妊孕力を1とすると、30歳では0.6、40歳では0.3にまで低下する。通常、正常な卵子が受精しても着床できるのは50%以下であり、着床しても約15%は流産する。若くて健康な女性でも妊娠のハードルはかなり高く、うまく受精できても出産まで漕ぎ着けられるのは30%以下に過ぎない。不妊のリスクは年齢とともに急増するので、元気な赤ちゃんを産みたいなら36歳迄に第1子を出産することが産婦人科的常識なのである。“排卵には活性酸素が必要であり、排卵の度に卵巣が老化して妊孕力が低下する”からである。高齢出産ではダウン症などの染色体異常が増加するが、若い時から年子を産み続ける“子沢山のお母さん”の場合は排卵による卵子老化が抑制されて染色体異常が少ない。妊娠は卵巣の抗老化薬でもある。女児では産まれた時に卵母細胞が200万個もあるが、排卵の度に減少するので20歳頃には30万個になり、40代では数千個にまで低下する。日本人の出産年齢は15~49歳であり、平均的閉経年齢は50歳であるが、その数年前には実質的な排卵は終わっている。2000年頃までは女性の約半数が20代で産み始めていたが、それ以後は初産年齢が急速に高くなり、2010年には35歳の初産が15%も占めている。
 “非婚少子化の何が問題か?”の議論はさておき、出生率を高めたいなら女性が子供を産みたくなる手厚い社会基盤が不可欠である。10代の出産ではシングルマザー、20代では貧困生活、30代ではキャリア喪失などが無意識的ブレーキとなり非婚少子化を加速させている。特に妊孕力の高い若年層では低所得が非婚晩婚少子化の大きな要因であり、第1子の平均出産年齢を30歳以上に押し上げている。結婚しても生涯子供を持てない率は女性の年齢に大きく依存し、20代では9%、30代では30%、40代前半では64%となっている。この様な日本の状態に比べて出産費用、保育所費用、学費などが無料のヨーロッパ先進国では第2子の出産率も増加している。社会的インフラがお粗末な日本では“出来ちゃった婚”が多いが、手厚い支援制度がある先進国では“出来てもバイバイ婚”が多く、婚外子の割合は約60%にも上る。これは“脳の報酬系による恋に賞味期限がある事と生殖による免疫力拡大大戦略”を反映した無意識的社会現象である。手厚い支援制度で高出生率を維持している北欧先進国では、一夫一妻制を基本とする婚姻制度がフレキシブルな期間限定型事実婚へと大きく変化しつつあり、これが少子化にブレーキをかけている。アムールの国フランスで出生率が2.2以上に回復したのもこの為である。この恩恵を最も大きく受けているのはアフリカ系移民のフランス人である。米国の出生率も2前後と比較的高いが、これには出生率が3に近いヒスパニック系移民が大きく寄与している。出生率の中身を分析すると民族が抱える様々な問題が視えてくる。
 『脳が子供を産む』と言われるが、地政学的に恵まれて移民も少ないガラパゴス的日本で育った若者の非婚少子化現象には本能を無意識的に刺激する社会環境が深く関与している。ヒトは基本的に“自分ファーストな生き物”であり、貧すれば貪して“I love me遺伝子”が自己愛的QOLを最優先させる。ヒト特有の本能である“社会欲”も現代のSNS社会ではフェイスブックの“いいね”などで簡単にガス抜きされ、理性を麻痺させる欲脳のマグマ溜まりが遺伝子継承反応を発火させるエネルギーレベルに達しない。文明の熟成と共に出生率が激減する現象は有史以来何度も繰り返されてきた欲脳の特性である。日本の非婚少子化現象も同族遺伝子継承の袋小路的終着駅であり、多様な遺伝子の共生的継承が現実的処方箋と思われる。

転載:月刊東洋療法285号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

PAGETOP