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医者いらず健康長寿処方箋(50)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「皮膚感覚と脳地図」

 ブルース・リーの“燃えよドラゴン”で“Don’t think! Feel!”と云う名セリフが出てくる。“Feeling”は皮膚の触覚を意味する言葉である。胎児の五感で最初に発達してくるのは皮膚の触覚であり、赤ちゃんが人生で初めて体感するのもお母さんの皮膚感覚である。ストレスの多い外界で赤ちゃんが生きていくには皮膚感覚が不可欠であり、お母さんの胸に抱かれる事により安心感や信頼感などが生まれ、空間的学習力や冒険心なども育っていく。お母さんとの皮膚接触が少ない乳児は発達障害を起こしやすく、肥満、2型糖尿病、心臓病、消化器疾患、精神疾患などの発症率も高くなる。未熟児死亡率が約70%だった時代のICUでお母さんが赤ちゃんを抱いて育てるカンガルーケアーにより死亡率が10%に激減した。一卵性双生児の研究により、皮膚の触覚刺激が脳の遺伝子発現を変化させて性格形成に大きく影響する事が判明している。この様に皮膚はエネルギー代謝、免疫系、循環器系、脳機能などに影響する社会的臓器なのである。手で触れる温かさは友好性や信頼性を無意識的に印象付ける皮膚情報であり、レストランでは客に軽く触れるウエイトレスの方が多くのチップを貰える事や温かい手で患者に触れながら診察する医者の方が信頼されて評判が良い事も知られている。
 成人の皮膚は約7 kgで筋肉に次いで大きな臓器であり、強力な免疫防御系や内分泌系に加え、外界を認識する情報収集装置がひしめいている。皮膚には手の平、足の裏、唇、乳首、生殖器粘膜の様に無毛組織とそれ以外の有毛組織があり、両組織に分布する知覚神経の種類と密度は大きく異なっている。ヒトの指先には指紋があり、メルケル盤、マイスナー小体、パチニ小体、およびルフィ二終末と呼ばれる知覚神経の終末が高密度に分布し、質の異なる刺激情報を脳へ送っている。指先や唇のメルケル盤は表皮と真皮の境界に局在しており、物の表面の湾曲や質感を鋭敏に感知している。指先の2点間識別域値は約1mmであり、これによりポケットの中の十円玉や百円玉を正確に識別できる。毎分120字もの速度で点字を読む事が出来るのもメルケル盤のお陰である。指先の細い女性では2点間識別能力が男性より0.2 mmも鋭敏である。脳地図上では手や顔に対する1次体性感覚野の領域が極めて大きく、ここに皮膚のメルケル盤から情報が送られて脳を活性化する。プロの弦楽器奏者は毎日長時間練習する為に、左手の知覚運動領域が右手の領域より2倍も大きくなる。雌ラットの胸部に対する1次体性感覚野も授乳により1.5倍に肥大するが、離乳後には妊娠前のサイズに戻る。ラットの前足1側をギブスで固定して動けなくすると、対応する脳の1次感覚野の面積が1週間で50%も縮小する。脳も身体も鍛えれば年齢に関係なく強化され、使わなければ廃用性萎縮するのである。ベッドで寝たきりになると脳や身体の機能が目に見えて低下するのはこの為である。“健全な魂は健全な肉体に宿る”と云われる様に、末梢の皮膚や筋肉からの刺激が精神世界を豊かに育むのである。子供に皮膚接触やスポーツが大切なのはこの為である。年齢と共に身体接触が少なくなると認知機能も低下してくるが、これにも皮膚や筋肉による脳刺激の減少が関与している。事実、20歳頃に比べると80歳では皮膚のメルケル盤やマイスナー小体の密度が30%に低下するが、この加齢性低下も皮膚刺激により予防可能である。親しい者とのハグや皮膚刺激は年齢に関係なく大切なのである。
 マイスナー小体は皮膚組織のコラーゲンと連結しており、皮膚と物体とのズレや振動を検知している。タイヤの溝がスリップ事故を予防する様に、適度な汗を分泌する指先の指紋はグラスなどを落とさず的確に掴む事を可能にしている。ビールを楽しく飲めるのも指紋と触覚のお陰である。パチニ小体は真皮の深部に局在しており、皮膚の圧迫や微妙な振動に対して地震計の様に反応し、弦楽奏者の弓や盲人の白杖のごとく延長された手の感覚器として機能している。車のハンドルを握る手の平や足裏の感覚がタイヤの振動を介して路面情報を脳に伝え、視覚脳と共役して車体を自分のボディースペースとして認識させる。
 ルフィ二終末もコラーゲン繊維と結合しており、皮膚表面と平行方向の張力に対して鋭敏であり、優しい愛撫に反応して脳の報酬系を活性化する。脳地図上では親指が顔の隣人であり、生殖器は足先の友人である。この様な脳地図上での相互関係が美意識、セクシャリティー、フェティシズム、思考や行動を無意識的に支配している。足の機能を抑制する纏足、シンデレラのガラスの靴、歩き難いハイヒールは足先の廃用性萎縮を介して脳地図上で隣接する生殖器の感覚領域を拡張する大人の施術用具なのである。カンヌ映画祭でフラットシューズの女優が入場を拒否された事から多くの女優が女性差別だとして抗議した。映画祭のドレスコードに反発してジュリア・ロバーツは裸足でレッドカーペットを歩いたが、ハイヒールに隠された欲脳のドレスコードには纏足が最高位の履物なのである。

転載:月刊東洋療法287号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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